退職金をきっかけに資産運用を始めようとする方は多いと思います。
中には「株式投資の経験がある」という方や、逆に「株式投資は一度も経験したことがない」という方など、投資経験は様々でしょう。
退職金の資産運用を始めるにあたって、株式投資への配分をゼロとするのは、運用成績の期待値を考慮すると、控えめに言って「かなりもったいない」と考えます。
将来的な運用成績を考えると、何割かは株式投資に配分するのが良さそうです。
株式の銘柄選びや適切な投資額の考え方はさておき、今回は「正しい株式投資のタイミング」、つまり「いつ買えば良いのか」について、考えていきます。
結論から言うと、「その人の投資経験により正解が異なる」のではないか。
正しい株式投資のタイミングには、二つの考え方があります。
すぐに全額投資すべきだという考え方と、時間の分散投資をすべきだという考え方です。
この考え方について、私はある観点から、どちらも正しいと考えています。
そしてその違いは、運用者の何を重視して考えるか、という観点の違いから来ています。
運用効率を追求するか、運用者の心情面を考慮するかが答えの分かれ道なのだろうと考えます。
この分かれ道の分岐点については、運用者の投資経験の違いが、どちらの道を進むべきかの判断基準となります。
それぞれの考え方について、一部間違っていると私が常々感じている論点も交えながら、整理していきます。
「時間の分散が有効」という意見が多い。
雑誌やネットの投資指南的な記事においては、時間の分散が株式投資には有効であるという意見を多く見かけます。
金融庁のホームページでも、投資の基礎知識という特集記事の中で、時間の分散の有効性について結構な分量を割いて解説しています。
時間の分散の有効性の趣旨は、ほとんどの場合、価格が高い時期よりも安い時期により多く投資し、平均購入単価を下げることで運用益を増やすことができるので、一度に多額の投資を行うよりも有利である、というものです。
この意見において、理論の組み立てとしてはおよそ下のようなものが多く見受けられます。
「株は安く買って高く売る」のが王道だが、
↓
「株式相場の将来は予測できるものではない」から、
↓
「下がった時のために余剰資金を残しておく」のが正解だ。
↓
なので「一度に多額の投資をするのではなく、時間を分散して投資する」のが有効だ。
(一見正しそうに思える)この理論の是非はさておき、時間を分散して投資するための手法として有名なのが、ドルコスト平均法という投資手法です。
時間の分散手法:「ドルコスト平均法」の是非
ゆっくりと時間を分散して投資する手法として有名なのが、ドルコスト平均法です。
ドルコスト平均法とは、毎月1万円ずつインデックス投資信託を購入していく、といったように、一定金額を一定期間ごとに同じ銘柄を購入していく手法です。
一定金額というのがポイントで、この方法ですと単価が下がった時期には数量を多く購入できる、そのため平均購入単価を低く抑えられ、高値掴みをしなくて済む、というメリットがあります。
ドルコスト平均法の有効性は様々な雑誌やネット記事に見られます。
私の愛読書であるバートン・マルキールの「ウォール街のランダム・ウォーカー」でも、「間違ったタイミングで株式や債券に有り金すべてをつぎ込む愚から身を守る投資方法」という表現で勧められています。
しかし、このドルコスト平均法はどのような場合でも果たして有効なのでしょうか。
例えば、手元に投資資金は全くないが、これから毎月の収入のうち1万円を投資資金として捻出し、株式投資を始めるという場合を考えてみましょう。
こういった人々にとって、ドルコスト平均法は優秀な選択肢の一つであることは何となく想像ができます。
若い人であれば尚更です。
次に別の事例として、手元に一定のまとまった投資資金があって株式投資を始める場合、その資金を小出しにしてドルコスト平均法を実践していくというのはどうでしょうか。
退職金の資産運用というのは、まさにこの事例の典型だと考えられます。
そしてこの事例においては、ドルコスト平均法を気長に実践している間、余っている投資資金が機会損失になってしまうのではないか?という疑問を持たれる方もいるのではないでしょうか。
私には、その疑問は正しいように思えるのです。
時間を分散すれば平均購入単価が下がると考えるのはおかしい。
よくよく考えれば当然なのですが、時間を分散すれば平均購入単価が下がるのは、株価が下がっている局面だけです。
一方的な株価上昇局面では、ドルコスト平均法は高値掴みを毎月更新していくだけで、有利なことは一つもありません。
そして、株式相場の将来は予測できるものではありません。
手元にまとまった投資資金がある場合、わざわざ時間を分散して株式を買い増していくことで投資効率が上がるという確証は全くないのです。
逆に、投資資金を小出しに使っている間、余っている資金は非効率な状態で眠ってしまい、将来の高値掴みに使われるだけ、という可能性もあります。
そうすると、時間の分散が有効と主張する、上の理論の組み立てはあまり合理的な考え方とは思えません。
では、投資効率を上げる合理的な考え方とは、どのようなものでしょうか。
投資効率を追求するなら、すぐに全額投資すべき。
まとまった投資資金が手元にある場合、すぐにでも全額投資すべきだというのが私の基本的な考え方です。
長期保有の有効性を提唱するのであれば、できる限り売らないことを推奨するのと同時に、できる限り速やかに買うことを推奨するのが合理的なはずです。
理由は簡単で、その方が「長期保有」できるからです。
買うタイミングを小出しにして、少しずつ買い足していく方法では、保有期間はその分短くなるに決まっています。
この方法は、長期保有の有効性の主張とは明らかに矛盾しています。
投資効率を上げるためには、株式投資は早く始めるに越したことはない、というのが合理的な結論になるはずです。
なお、私は長期保有の有効性を信じていますが、その根拠を述べておきます。
長期保有の有効性の根拠は何なのか?
株式投資は、短期売買による売却益狙いを投機、長期保有による株価上昇と配当金収入狙いを投資、というように分類されることがあります。
私は短期売買を100%否定する訳では全くありませんが、自分自身のギャンブル適性として、短期的な株式相場を見通す能力を全く持ち合わせていないことから、短期売買による投機を諦めて、長期保有に専念しています。
それは長期保有の有効性を信じているからです。
では、その根拠は何でしょうか?
企業とは永続的に利益を追求して活動するものだ、という原則を信じる限り、(個別企業の当たり外れはあっても)企業の株式に投資し、その企業活動の利益の恩恵を受けることで長期的に資産が増加していくはずだ、というのが株式投資の根拠です。
相場は予測不能でも、企業価値が長期的に拡大していくことを信じることができれば、株式に投資する価値は十分ある、ということです。
長期的な株式投資が資産運用に有効だと考える理由は、この一点にあると私は考えています。
多くの投資指南書において長期保有が勧められているのも、このような見方が根底にあるからでしょう。
また、長期保有のメリットとして、複利効果を挙げる意見も多く見られます。
複利効果は、保有期間が長くなればなるほど威力を増していきます。
資産運用において、複利効果がマイナスに働くことはありませんので、できるだけ多くの複利効果を得るためにも、長期保有は有効なのです。
時間の分散が有効な本当の理由とは?
覚悟していても、値下がりしたときの精神的なダメージは大きい
繰り返しますが、まとまった投資資金が手元にある場合、すぐにでも全額投資すべきだというのが私の基本的な考え方です。
ここでわざわざ「基本的な」と書いているのには、理由があります。
このように言う私も、実は過去の記事で時間の分散の有効性について書いたことがあります。
さらに、実際に時間の分散を自分の資産運用に一部実践しています。
それは、毎年のNISA枠の使い方です。
NISA枠は毎年120万円を使うことが可能ですが、この枠については毎月10万円を目途に小出しに枠を埋めるように運用しています。
その理由は、買ってすぐに下がってしまったときの精神的なダメージを軽減するためです。
言い換えると、身も蓋もない言葉ですが、ただの「気休め」です。
投資効率を追求する合理的な考え方とは真逆の、心情面を重視した理由でしかないのです。
けれども、心情面を馬鹿にするわけにはいきません。
心情面こそが、人間の行動に大きな影響を与えるからです。
先に書いた通り、相場が上昇し続ける局面において、少しずつ買い足していく方法が有利になることは全くありません。
ということは、時間の分散が有効なケースは、「買ってすぐに下がってしまったとき」に限られるはずです。
ところが、この「買ってすぐに下がってしまったとき」というのが、心情に与える影響という意味で、資産運用を実践するにあたって非常に厄介なものなのです。
株式相場は短期的には上がったり下がったりを繰り返します。
買った値段から一瞬たりとも下がらなかった、という完璧なタイミングで投資できる可能性は、残念ながらほとんどありません。
つまり、投資した資産はほとんどの場合、一旦目減りしてしまうという憂き目に合うことになります。
これは、分かっていても精神的なダメージは大きいものです。
買ってすぐに下がってしまうと、「選択した銘柄も、購入したタイミングも、大間違いだったのではないか?」といった疑念と後悔に苛まれます。
私は20年以上株式投資の経験がありますが、そのうち18年くらいは、少し上がったら嬉しくなって売り、下がっても諦めきれず持ち続け、いよいよ下がりきって諦めて売るといった具合で、結果ほとんど利益はなく、損失を繰り返してきました。
「ずっと保有していればいつかは上がるものだ、ただし銘柄の当たり外れを回避するために、多くの銘柄に分散しておかないと、なかなか上手くいかない」、ということが分かってきたのはこの2年くらいです。
そして長期保有の有効性が分かってきたここ2年についても、保有銘柄の価格変動に一喜一憂してしまうことに変わりはありません。
それなりに長い期間、株式投資の経験がある私も、買った株式が下がれば精神的なダメージを受けますし、狼狽して売ってしまわないように何とか我慢して、長期保有と自分に言い聞かせて実践しています。
投資初心者は、株式投資から撤退しないためにも「まずは小出し作戦」
これから株式投資を始める投資初心者だと、どうでしょうか。
買ってすぐに下がってしまったときの精神的ダメージは非常に大きいものでしょう。
元手を全額投入してしまった場合、心の余裕は全くありません。
そして、こんな思いをするくらいなら株式投資なんてやめておこう、という気持ちになるのもよく分かります。
かと言って、より安く買うことを意識しすぎては、結局いつまで経っても買えない、つまり投資を始めることさえできない、ということになってしまいます。
ここで登場するのが、元手を小出しにして少しずつ買っていくという作戦です。
この作戦のおかげで、買ってすぐに下がっても元手はまだ残っている、という心の余裕が生まれます。
買って上がり続けても、自分の選択に狂いはなかった、という自信につながり、追加投資に意欲が出てくるというものです。
どちらにしても、すぐに株式投資から撤退してしまうような精神的なダメージを回避するための、非常に優秀な作戦となるのです。
投資初心者や、長期保有に確信が持てない人にとっては、小出し作戦による時間の分散は心情面で実に有効であると考えています。
何と言っても、株式投資は「続けること」こそ一番大事です。
始めてもすぐにやめてしまっては元も子もありません。
株式投資の有効性を実践していくブログを続けている私としても、まずは続けることが肝心だと思いますし、そのためには効率度外視でも心情面を優先し、とにかく続けて欲しいと思います。
心情面を考慮しつつ、投資効率もそこそこ稼ぐ「良いとこ取り」手法
最後に、この二つの考え方の良いとこ取りのような手法をご紹介します。
確かマネックス証券の広木隆さんがおっしゃっていた話だったと思います。
(記憶違いなら申し訳ございません。)
広木さんは毎週ライブ配信で視聴者の質問に回答していくというコンテンツを配信されていますが、その配信の中で、「決めた銘柄があるのならすぐに買った方が良いと思うが、株価の先行きに不安があるのなら、せめて投資予定額の半分買ってみて、様子を見てはいかがでしょうか」とおっしゃるのを聞いたことがあります。
これは人間の心情面を上手く捉えたアドバイスだなあと感心しています。
おそらく広木さんは全額投入して気長に待つのが合理的なのだと考えておられるのだと思いますが、その行動に不安を抱く投資家がいるという面も考慮した回答なのでしょう。
私も、来年のNISA枠の活用方法については、年初に半額投入し、残りを暴落時に備えつつ、8月くらいまでに使い切る、という作戦で行こうかと考えています。
まとめ
今回は正しい株式投資のタイミングについて、二つの考え方を検証してみました。
そして、投資効率だけを考えれば元手はすぐに全額投資すべきであること、心情面を考えれば時間の分散も有効であるケースが少なくないことを述べてきました。
実はこの記事の構想を練っている途中で、ドルコスト平均法の有効性を疑う記事がネットにどれくらいあるのか検索してみました。
そうすると、私が度々参考にしている楽天証券の山崎元さんが「ドルコスト平均法で起こりうる3つの弊害」という記事で既に指摘しているではないですか。
まあ、私ごときが思うことなんてプロは当然気付いてるよなー残念、と思う一方、自分の感じた肌感覚が山崎先生の考えと一致するとは、私もいよいよその域にきたか、と気を良くした次第です。
株式投資は日々変動する相場をどう受け止めるか、という気持ちのあり方で成功と失敗が分かれます。
受け止め方を工夫すれば、上手くいく確率が上がるとも言えます。
私としては、相場は確認するけれども受け流すくらいの気持ちで、長期目線で株式投資の有効性をひたすら信じて資産運用に心掛けたいと思います。Mr.老眼も日々学び、実践していきます。